Eli,Eli,lama,sabachthani?

 

 

満点の星降る夜。

あいつの為にあった夜。

 

「そんなとこで、何やってるんだ?」

「ペヨーテか」

風呂から上がると、部屋にターバインの姿が無くて。

心配になって探してみたら、奴は、とんでもないところに居た。

このクソ寒い季節に、薄着で、屋上に突っ立っている。

「お前なー、またそんな格好で・・・って髪も乾かしてねーし」

そっと触れた髪は、数十分前と同じ、濡れた感触がした。

私は、溜息を一つ吐いてから、自分の首にかかっていたタオルで、ガシガシと、

ターバインの頭を拭いてやる。

「どうせいつか乾くんだから、別に良いだろう」

「良くない。そのままにしてたら風邪ひくんだよ。お前が風邪ひいたら、誰が面倒見ると

思ってるんだ?・・・私だろ。まったく。昔から手のかかる奴だな」

こんなものか。

拭く手を止め、顔を覗き込めば、不服そうな顔。

こいつと初めて逢った時と同じ、その見慣れた表情が可愛くて、思わずその唇に、一つ、

キスを落す。

「バカ。誰かに見られたらっ」

「見せ付けてやれば?」

ん?と片頬を上げて見せれば、ターバインは、仕方無さそうに苦笑した。

綺麗な綺麗な笑顔。

・・・決して、私だけのものにはならない笑顔。

それが、悔しくて、ぎゅっと抱き締めた。

奴の背後の影から、掠め盗るように。

「何してたんだよ。こんなトコロで」

抱き締めた身体の、思った以上の冷たさに、私は、なじるように耳元で問うた。

「星を、見ていたんだ。今日は、とても多く見えるから」

腕の中から返って来た声に、私は、空を仰ぎ見る。

そこには、確かに、満天の星空が広がっていた。

「ふーん。まぁ見事だな」

「そうだろう。・・・星見には、良い夜だよ」

もぞもぞと身じろぎをするので、少し腕の力を緩めてやれば、身体の向きを変えて、

今度は、背中を預けてくる。

「星見・・・か」

「そう。星見。…お前、『星見』の意味を知っているか?」

馬鹿にしているような質問。

それを笑みを含んだ声で言われて、ムッときた。

「星を見るんだろ」

声が自然、不機嫌なものになる。

「あぁ。だが、星といっても、人の『宿星』の方だ」

「シュクセイ?」

「そう。・・・簡単に言えば、『運命』・・・未来だな」

ターバインの口から出た言葉に、私は、思わず吹いてしまった。

よく、そんな大層な科白が出るものだ。

自分の身を預けている者が、どんな者かも知らずに。

もうすぐ、自分を裏切る者だとも知らずに。

「何、お前は、今まで未来を見てたってワケ?」

冗談めかして問えば、同じ様な笑みで振りかえられた。

が、その唇から紡ぎ出された言葉は、表情を裏切っていた。

「そうだ」

「まった、冗談を・・・」

「私は、三日後に死ぬ。・・・殺されるんだ」

「!」

・・・とてもとても綺麗な微笑を乗せた唇からは、本気としかとれない声音で、とんでもないことが、紡がれた。

するりと私の腕からすり抜け、奴は、星空に一歩踏み出す。

屋上の端。古びたコンクリートは、今にも割れそうに、ひびを抱えていて。

そんな不安定な足場に、奴は、堂々と恐れること無く立っている。

その後ろ姿は、何処か誇らしげですらあった。

「『星見』の者は、大抵は、短命と言われる。未来を見る度に、膨大な精神力を使う所為かそれとも」

フッという奴特有の自嘲めいた笑いが漏れる。

「『未来を見る』という本来ならば神のみが許された禁忌をおかす所為か・・・。どれが、

その理由かは知らんがな。・・・まぁ私は変死しないだけマシな星見かもな」

・・・何を言えばいいかわからなかった。

冗談だと笑い飛ばすには、あまりにその声は現実味を帯びていた。

「・・・今まで、そんな大層な力(もの)、隠してたのかよ」

やっと出た言葉は、そんなものだった。

その言葉に、くすりと笑う気配。

「悪かったな。・・・でもまぁ、お前の隠し事と比べてみれば、イーヴンにならないか?」

「っ!?」

その言葉に、私は、驚愕した。

まさか。でも。そんな。

あのことを知っている―――――っ!?

「な、何を言ってるんだ?」

素知らぬふりを決め込もうとしたが、声が、不自然になっている気がした。

奴は、それに笑いながら、振り返る。

その笑みを見て、私はぞっとした。

それは、何と言うか・・・本当に、純粋な笑みだった。

嬉しいから、面白いから笑う、そんな笑みじゃない。

理由のない笑みのように思えた。

ただ、純粋に笑うという行為をしている。

強いて言うのなら、笑いたいから笑う、そんな感じだ。

何の感情も入り交じっていない、それは純粋な笑みだった。

この世には、純粋などというものは無い。

だからこそ、純粋そのままの、この目の前の笑みが怖かった。

ターバインがこんな笑みを向けたのは、これが初めてだった。

「知ってるか?ペヨーテ?・・・かのキリストを裏切ったイスカリオテのユダも、最初

キリストに裏切り者だと言われた時、そんな反応を返したそうだ」

「?・・・何が、言いたい?」

「さぁな?それは自分がよく知っている筈だ」

その笑みは、ターバインと、私の世界を隔てる。

「あぁそうだ」

そこでターバインは、やっと、あの笑みとは違う表情を作った。

それはそれで、右目だけを異様に顰めた、何処か皮肉げなもので、良い感じのもの

ではなかったが。

「そういえばこんな一説もある。・・・キリストは、ユダを、弟子の中で、一番愛していたと。

裏切られるとわかっていながらも、一番、その慈愛を与えていたのだと。

…まぁ後に、ユダは、人の子を裏切るその人は不幸である。その人はむしろ生まれ

なかった方がよかったであろうに、とまで言われる人物だからな。貧者弱者に弱いキリストにとっては、一番哀れむべき弱者だったのかも知れない」

奴は、もう一度、あの笑みに戻って、私の顔を覗き込みながら。

「・・・とにかく。キリストは、ユダを愛していたんだよ。裏切られるとわかっていながらね」

そう言った。

まるで念押しのようだった。

「・・・そうかよ」

「あぁ」

「・・・ところで」

無理矢理、話題を逸らす。

そんなことに気付かない奴ではないだろうに。

奴は、何だ?普通に問い返してくる。

「お前は、未来が見えると言ったな?・・・SK(シャーマンキング)は、誰がなるんだ?実際」

「さぁ?その前に私は死ぬんだ。・・・わかるわけ、無いだろう?」

くつくつと咽喉の奥だけで笑って、奴は、そう言った。

逸らかされたような気もするし、それは真実なような気もした。

読めない笑顔。

「・・・帰るぞ」

その笑顔が、あまりにも不快で。

我慢できずに、背を向けた。

すると、奴の手が、私の腕を捕らえた。

「何・・・」

「それと」

笑みが、一層深くなる。

「キリストは、ユダにこうも言ったそうだ。

『しようとしていることを、今すぐしなさい』」

「!」

「なぁペヨーテ。

私は、お前に殺されても構わないよ。だって           」

最後の言葉は、風に掻き消されて、私の元には、届かなかった。

 

 

 

 

 

「この先の言葉次第では―――――」

「やめてくれよ。ターバイン」

運命の時が近付く。

なぁターバイン、お前、もしかして最初から、こうなるってわかってたのか?

死が見えていたのに、私の傍に居たってことなのか?

「少なくとも、お前とここでやりあう気はないさ」

でも。

でも、私は・・・。

ふと、奴の口元を見る。

呟かれる声は、聞こえない筈なのに、確かに聞こえたのだ。

 

「エリ、エリ・・・」

 

我が神、我が神、

 

「レマ・・・」

 

なぜ、

 

「サバクタニ・・・」

 

私をお見捨てになられたのか・・・。

 

・・・キリストが、最期に叫んだという、言葉が。

 

それを認識した時。

私の頭の中に、『思考』というものは残って居なかった。

 

 

 

いつからだろう。

その存在から、目が離せなくなって。

その存在を縛る、あの人が、一層憎くなって。

殺す気は、無かったんだ。

ただ、あの人の方を向いている意識までも、こちらに向けて欲しくて。

・・・あぁ。

と、いうことは、やはり私は、あいつを殺したかったんだろうか。

殺して、手に入れる為。

でも。

確かに私は、あの存在が、私の傍で笑い幸せそうにしている未来を一瞬でも、

描いた筈なのに。

 

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ・・・か」

 

あれは、誰に向けて言った言葉なんだ?

やはり、あの人に向かってなのか?

・・・それとも。

 

『キリストは、ユダのことを一番、愛していたんだよ』

 

先程からぐるぐる回る、数日前の、奴の言葉。

どういう意味なんだ?

 

・・・ユダ?

裏切り者のユダ。

 

キリストが、裏切られることをわかっていても愛したという弟子・・・。

 

ふと気付く。

奴が一番言いたかったメッセージ。

奴が、聖書に沿って伝えたかったこと。

 

まさか。そんな。

そうしたら。私は。

 

それから、気になることが、もう一つ。

 

・・・ユダは、それからどうなった?

 

聖書に沿っているメッセージ。

それなら、ユダは?

きっと、『星見』のあいつは、このことも、メッセージとして入れている筈。

 

・・・ぎぃ

 

何かが、軋る音が、後ろでする。

それが、縄が軋る音だと気付いて。

 

唐突に、ある記憶が蘇る。

 

(ユダは、キリストが死んでしまったことをとても後悔し、そして・・・)

 

ぎぃ・・・ぎぃ・・・

 

(首を吊って・・・)

 

ぎぃ・・・ぎぃ・・・ぎぃ・・・

 

後ろを見てはいけないと、頭の中で警告音が響き渡る。

しかし、糸で引っ張られているかのように、首は、緩慢に振りかえる動作を行う。

 

ぎぃ・・・ぎぃ・・・ぎぃ・・・

 

ターバインの、あの純粋な笑みが網膜に浮かび上がってきて。

 

(お前・・・やっぱり、全てを知って)

 

これからのことを、何もかも知り尽くした笑顔は、やっぱり怖いもので。

 

ぎぃ・・・

 

完全に振り返った時、耳元で、あの日、風に掻き消されたターバインの声がした。

 

「なぁペヨーテ。

私は、お前に殺されても構わないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、お前も一緒に死んでくれるから。

 

END.

 

Myラブーな乾浄化ちゃんのサイトから頂いて参りました。

 

何て云うか、やっぱり浄化ちゃんの小説は

素敵だなって思って、読み終わった直後、気付けば

メルで感想を送っていました。

そして、ジャンルは違いますが、余りに素敵だったので、

頂いて帰って来ました!

浄化ちゃん、有難うーっ。

ジーザスを観た後でこれを読んだので、感動2倍でしたっ。

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